次の入居者が住める状態にするための原状回復費用である「退去費用」は、賃貸物件から引っ越す際に支払う内容の契約になっているのが通常です。
しかし、自己破産をする場合は退去費用が免責される(支払わなくてよくなる)ことがあります。
この記事では、自己破産で退去費用が免責されるのはどういう場合なのか、退去費用が払えないとどうなるのかといった疑問点を、わかりやすく解説しています。
自己破産と同時に転居を考えている方は、ぜひご参考ください。
監修
弁護士法人サンク総合法律事務所
弁護士 堀川 民人
自己破産手続が始まるタイミングによって退去費用の免責の可否が決まる
退去費用が免責されるかどうかは、退去費用の発生原因の主要部分が破産手続開始決定よりも前のものか後のものかが特に問題となります。
以下では、読みやすくするため、これを、破産開始決定よりも前(後)に発生した、などといいます。
なお、破産手続開始決定は裁判所が出すものであり、例えば自己破産を弁護士に依頼した時などとは違います。
以上のように、自己破産手続き開始を境に退去費用の扱いが変わります。
ここでは、自己破産した場合の退去費用の免責について、開始決定の前と後、それぞれのケースについて説明します。
自己破産手続き前に発生した退去費用であれば免責される
自己破産において裁判所により免責が許可されると、原則として、破産債権に対して弁済する義務がなくなります。
破産債権は、原則として、破産開始決定の前に発生している債権に限ります。
破産開始決定前に発生した退去費用は、破産債権に当たりますので、免責されます。
過去に住んでいた物件の退去費用についても同様です。破産開始決定前の未払家賃も、多くは、同様に免責されるでしょう。
ただし、本来は免責されるであろう債務であっても、敷金や保証金に充当等され、実際上は返済するに近い結果になることはあり得ます。
自己破産後に発生した退去費用は免責されない
破産開始決定後に発生した債権も、法律上の例外に当たれば、破産債権となり、免責の対象になり得ます。
例えば、破産開始決定の前から退去費用を滞納していた場合の破産開始決定の後の遅延損害金も、破産債権となります(破産法97条2号)。
しかし、例えば、破産開始決定の後に引っ越すことになり、破産をする賃借人から賃貸借の終了を申し出るような場合には、上記の例外には当たらないでしょう。
つまり、通常のケースでは、破産開始決定の後に発生した退去費用は、破産債権とならず、免責されないことになります。
ただ、退去費用が破産開始決定の後に発生したといえるか否かは、必ずしも簡単な話ではありません。
例えば、賃借人が、破産開始決定の前に、通常の使用では付かない傷をうっかり借家に付けた場合において、破産開始決定の後、免責許可決定が出る前に引っ越すことになり修補費用を支払うよう求められたときはどうなるでしょうか。
退去費用が、傷が付いた時に生じたのか、賃貸借契約が終了した時に生じたのか、意見が分かれるかもしれません。
少なくとも、破産が借金などをチャラにする制度であるからと言って、退去費用を支払う義務が必ずしも免除されるわけではない、ということにはご注意ください。
なお、賃貸借契約書に、賃借人は退去費用を払う義務を負う、と書いてあっても、それが特約として成立していない(又は無効である)こともありえます。
破産開始決定の後に発生した退去費用が、破産の免責の対象にはならなくても、そもそも支払う義務がない、ということもあり得えます。
自己破産後に退去費用が支払えないとどうなるのか
上記のとおり、破産する人であっても退去費用を支払わなければならないこともあり得ます。
自己破産を申し立てた方にとって退去費用の支払いは非常に困難だと推測できますが、支払い義務がある場合にその支払を放置すると今後の信用を著しく失うだけでなく、差し押え等の対象となる可能性があるため、注意する必要があります。
ここでは、自己破産後に退去費用が支払えないとどうなるかについて説明します。
管理会社から請求の連絡がくる
自己破産後の退去費用の支払いが滞れば、管理会社から請求の連絡がきます。
退去費用の支払いがどうしても難しい場合は、自己破産した事実を正直に伝えるという選択肢もあります。
支払い期限の延長や分割払いに応じてもらえる可能性もあり得るからです。
ただし、破産による免責をあてこまれて、逆に、「他の借金は消え(てい)るから退去費用は払いやすいでしょう」と思われ、支払要求が厳格になる可能性もあります。
連絡を無視すると、状況はますます悪化します。早めに状況を説明し、管理会社と良好な関係を維持しながら最適な解決策を模索しましょう。
放置すると訴訟を起こされ財産の差し押さえにつながる
退去費用の督促後も支払いも連絡もしないでいると、保証会社に訴訟を起こされるなど深刻な事態に陥る可能性があります。
訴訟で敗けた場合には、資産の差押えもあり得ます。
破産手続の進捗次第では、一定財産の差押えを止められる余地もあり得ますが、油断はできません。
例えば、預金口座が差し押さえられると、、差し押さえられた口座から出金などができなくなるかもしれません。
財産を失う事態になる前に必ず管理会社と連絡を取り、堅実な支払い計画を立てましょう。
保証人に連絡がいくことになる
賃貸借契約を結ぶ際は保証人を立てる(親族や保証会社など)のが一般的ですが、居住者が退去費用を支払わない場合、債権者は保証人に連絡して費用を回収しようとすることがあります。
保証人が退去費用を支払った場合には、この保証人から自分(賃借人)に請求が来るかもしれません。
そもそも、親族が保証人の場合などには、保証人に対して請求が行ってしまうこと自体を嫌がる方もいらっしゃるでしょう。退去費用に関しては、この保証人に関しても注意すべきでしょう。
退去費用の支払いが難しい場合はどうすべきか
自己破産後に発生した退去費用は上記のとおり支払うべき場合もありますが、経済的な事情から退去費用の一括払いが困難な場合もあるでしょう。
ここでは、退去費用の支払いが難しい場合にトラブルを回避しながら借主がとるべき具体的な対応策について、詳しく説明します。
自己破産を依頼した弁護士に相談する
管理会社との交渉がうまくいかない場合は一人で対応しようとせず、自己破産手続きを依頼した弁護士に相談するのが得策です。
弁護士に相談して適切な対応をとれば、財産差し押さえられるといったトラブルを未然に防ぐことができるでしょう。
ただし、退去費用に関する管理会社との交渉は、破産の申立てという弁護士事務に当然には含まれないので、例えば破産を依頼した弁護士にその交渉を依頼する場合には、新たに契約をして弁護士費用を支払うことになる可能性もあります。
なお、近々、借家を退去する予定があるのであれば、破産を裁判所に申し立てる前に、破産を依頼した弁護士に早めに報告するのが望ましいです。
分割払いにできないか交渉する
退去費用の一括払いが難しいなら、管理会社に分割払いを申し入れることを検討しましょう。事情を説明すれば、分割払いに応じてくれる可能性があります。
分割払いを提案する際はあまり長期間を提案せず、「6ヶ月の分割で支払わせていただけないでしょうか」といった具合に具体的かつ常識的な期間を示せば、交渉がスムーズに運びやすくなります。
大切なのは、現在の状況を正直に説明し、双方にとって合理的な提案を心がけること。そのうえで誠実な態度で交渉に臨めば、分割払いへの理解が得られやすくなるでしょう。
家族や知人にお金を借りる
消費者金融から借り入れるよりも金利面や返済条件の交渉がしやすいため、家族や信頼できる知人にお金を借りて退去費用を工面するのも一つの選択肢です。
ただし、借金はその後の人間関係において悪影響を与えかねません。双方が納得できる返済条件を話し合い、返済が滞った場合の対応も決めておくとよいでしょう。
自己破産後に退去費用を支払う際に確認すべきこと
前提として、借主は、管理会社から請求された退去費用(原状回復費用)を常に必ず全額支払わなければならないわけではありません。
借主が支払うべきは、わざと又は不注意によって傷つけたり汚したりした場合などの原状回復費用のみです。
知識がないばかりに不当な金額を請求されることも珍しくないため、原状回復費用の請求内容と金額についてはしっかり精査するようにしましょう。
原状回復にかかった費用の明細を開示してもらう
一部の悪質な不動産会社は、原状回復を行っていないにもかかわらず退去費用として敷金の返還を拒否したり、借主が負担する必要がない費用を徴収したりといった悪質な行為をするケースがあります。
原状回復にかかった費用の明細は必ず開示してもらい、金額が正しいか確認しましょう。
開示を求めて領収書や明細が出せない企業は、信頼できないとみなしてよいでしょう。
そうした企業に対しては、退去費用の支払いを拒否することも選択肢の一つとなります。
経年劣化や通常損耗にかかった費用がないか確認する
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」には、貸主と借主それぞれの原状回復費用に関する費用負担の範囲が示されていますので、提示された費用の内訳が妥当かどうか照らし合わせて確認し、納得できなければ大家や管理会社と交渉することも考えられます。
もっとも、前述したガイドラインにもあるように、賃貸借契約を交わす際に、通常損耗についても賃借人が現状回復義務を負う旨の特約が成立しておりそれが有効なら、賃借人はその義務を負うことになります。
なので、退去する段階で「通常損耗にかかった費用が含まれている」と言って交渉しても、法的に有効な反論にはならないこともあり得ます。
より注意するなら、退去時ではなく契約締結前です。
借主の知識不足につけ込んでこうした費用を不当に請求する不動産業者もいるのが実情です。
過剰な請求が無いかどうか明細を注意深くチェックし、支払う必要のない費用を払わされることのないよう気をつけましょう。
自己破産しても退去費用が敷金を下回ると返還されるのか
家賃滞納の担保として入居時に借主が貸主に預け入れるのが「敷金」で、退去費用が敷金を下回る場合は敷金の残額が借主に返還されます。
借主が破産する場合にも、敷金の返還を受けられることがあり得ます。
すなわち、破産をする場合、自由財産に当たらない財産は、裁判所により取り上げられてしまいます。
敷金債権は当然には自由財産にはなりませんので、破産者は敷金の残金を受け取れないこともあり得ます。
他方で、住宅の敷金であれば基本的に取り上げないという運用の裁判所もあるし、そうでなくても申請すれば裁判所が自由財産として拡張してくれる可能性もあります。
なので、敷金の返還を受けられることもあり得ます。
ちなみに、どのような財産を持っているかにより、破産手続の中でも同時廃止という簡便なルートによることができるかが左右されますので、敷金もこの点に関わる可能性はあります。
まとめ
自己破産をした場合の退去費用を支払うことになるかは、発生時期と破産開始時期との先後がポイントです。かなり単純に言えば、
- 自己破産手続き開始決定前:支払う必要がない
- 自己破産手続き開始決定後:支払う必要がある
破産開始決定後に発生した退去費用の支払いが難しいからといって管理会社からの請求を放置すれば、訴訟リスクが高まります。
このような事態を避けるためには、弁護士への相談や分割払いの交渉、家族や知人からの借入れの検討などを早めに検討しましょう。
また、管理会社から請求される退去費用は法的に払わないといけないのかにも注意しつつ、敷金残額があれば返還を求めることも忘れてはなりません。
人生を再スタートさせるためにも、ひとつひとつ確実に手続きを進めましょう。